オレキシンとは?
覚醒を維持する脳内物質と睡眠の関係について

私たちは一般的に、日中は目が覚めた状態が保たれていますが、
夜になると徐々に眠たくなります(覚醒状態を保つのが難しくなります)。
このとき、脳内ではどんな仕組みが働いているのでしょう。
睡眠研究の扉を開いた「オレキシン」の発見の経緯や、
睡眠・覚醒を調節する仕組みについて、睡眠科学の専門家が解説します。

オレキシンとは?日本人による未知の物質の発見

オレキシンは、睡眠と覚醒の調節、特に覚醒状態の維持・安定化に重要な役制を果たす神経伝達物質(脳内で神経からの刺激を伝える物質)です。1998年、柳沢正史先生、桜井武先生たちは、まず未知の受容体(神経伝達物質の受け口)を探り出し、次にその受容体に結合するやはり未知の物質を発見しました1)
(受容体は既知、結合する物は未知であったのです:orphan receptor)
この物質は食欲を増進させることから、「オレキシン」(ギリシャ語で“orexis”は食欲の意味)と名づけられました。ただ、発見の翌年の1999年以降、後述のナルコレプシーとの関連から、オレキシンが覚醒状態の維持に関わることが明らかになり2,3)、現在は睡眠・覚醒との関係がより注目されています。

ちなみに、オレキシンと摂食行動との関係についても研究は続けられています4)。進化論的にみると、動物は食べ物をとりにいかないと生存できません。食べ物を探しにいくためには一定の覚醒レベルが必要です。そこで進化の過程でオレキシンによって覚醒を維持する仕組みが発達してきたのではないかと考えられています。

いずれにしろ、睡眠・覚醒との関係についてもまだわからないことがあり、摂食行動との関係も含め、オレキシンは謎と魅力にあふれた物質といえるでしょう。

2023年9月、イギリスの学術情報サービス会社「クラリベイト」は、今後ノーベル賞の受賞が有力視される研究者として、オレキシンの発見者である柳沢先生の名前を挙げました。この物質が持つ意味はそれほどに大きいということです。

過眠症(ナルコレプシー)との関係

オレキシン発見の翌年の1999年、柳沢先生たちは、遺伝子操作でオレキシンをつくれなくしたノックアウトマウスを作成しました。このノックアウトマウスには、活動中に突然、動きが止まるなど、人の「ナルコレプシー」と同様の症状がみられました2)

ナルコレプシーは、日中に強い眠気が生じる過眠症のひとつです5)。ナルコレプシーの眠気は耐え難いほど激しく、会議中、試験中、危険な作業中など、ふつうなら居眠りするとは考えられない状況でも眠りに落ちてしまうことがあります。

柳沢先生たちの研究とは別に、1980年代後半からスタンフォード大学では、遺伝的にナルコレプシーを発症する犬の家系に対し、原因の究明が続けられていました。長年の研究の結果、1999年にようやく、犬のナルコレプシーの原因がオレキシン受容体の遺伝子異常であることが突き止められました3)

このように、くしくも同じ年に、自然発症の犬モデルと、遺伝子改変マウスとの両方から、ナルコレプシーの発症にオレキシンの異常が関係することが明らかになりました。

人のナルコレプシーの原因解明

犬とマウスのナルコレプシーにオレキシンが関係していることがわかったので、次は人のナルコレプシーにもオレキシンが影響しているのか検証が進められました。そしてスタンフォード大学の西野精治先生らの研究チームが、ナルコレプシーの人では脳脊髄液中のオレキシン濃度が著しく低下していることを発見しました6)

さらに、重症のナルコレプシーの人の死後脳では、オレキシンをつくる神経細胞が消滅していることが報告されました7)。現時点ではこれらの研究結果から、人ではオレキシン神経が後天的に破壊され、オレキシンが不足または消失することでナルコレブシーが発症すると考えられています。ナルコレプシーの原因解明はここでひとつの決着をみたわけです。

ただ、なぜオレキシン神経だけが脳から消えてしまうのかはわかっておらず、ナルコレプシー関連の残された大きな謎となっています。

オレキシンの測定

脳脊髄液中のオレキシン濃度を測ることが、ナルコレプシーやそのほかの睡眠障害の診断に役立つことは容易に推測できます。そこで私は、2000年初頭にスタンフォード大学を訪れ、オレキシンの測定方法を学んできました。それから現在に至るまで、測定したサンプルの数は3000を超えています。

今もオレキシンは脳脊髄液で測定されており、血液や尿などの検体を用いた測定技術は確立していません。また、現在のスタンダードである測定方法は、高い精度でオレキシンを測定できますが、放射性物質を使用するため専用の施設・設備を必要とするなど、簡便な測定方法とはいえません8)。そのためオレキシンを一定以上の規模で継続的に測定している施設は世界でも少なく、現時点では筑波大学を含めて3カ所のみとなります。

睡眠・覚醒のメカニズムとオレキシン

ここからは、オレキシンがどのように睡眠と覚醒を調節しているのか、そのメカニズムを説明します。

脳のなかには、睡眠を維持する「睡眠中枢」と、覚醒を維持する「覚醒中枢」があります。睡眠時は睡眠中枢の活性が高まって覚醒中枢の働きが弱まり、覚醒時はこれとは逆の状態になります。つまり、覚醒中枢と睡眠中枢がお互いに抑制し合い、シーソーのようにどちらかー方の状態になるわけです(図1)9)

オレキシンは、覚醒中枢に力を貸すことにより、シーソーモデルにおける特に覚醒状態の安定化に役立ちます。

図1 オレキシンは覚醒の安定性の維持に重要な物質である

Clifford B, et al. Nature. 2005; 437(7063), 1257-1263 を元に神林先生作成

オレキシンの働きをもう少し掘り下げる前に、オレキシンをつくる神経細胞と他の神経細胞との関係をみてみます。オレキシン神経は脳の「視床下部」という場所に限定して存在します。ただし、オレキシン神経から伸びる長い突起(軸索)は小脳を除く脳全域に行き渡り、他の神経とつながり、情報ネットワークを形成しています(図2)9)

オレキシン神経と特に強く結びついている神経が「モノアミンシステム」と総称されるグループで、これらは“覚醒の実行部隊”として知られています10)

図2 オレキシン神経のネットワーク

Clifford B, et al. Nature. 2005; 437(7063), 1257-1263 を元に神林先生作成

シーソーモデルに戻りましょう。覚醒時(図3覚醒)にはオレキシンが覚醒の実行部隊の働きをコントロールし、睡眠中枢の働きを抑えさせ、覚醒状態を維持します11)(オレキシン自体も実行部隊の一員として働きます)。起きている時間が長くなり、覚醒中枢の働きが弱まってきても、オレキシンがぐっと押し込んでいるのでシーソーは安定しています。

一方、睡眠時(図3睡眠)には睡眠中枢の活性が高まり、覚醒中枢だけでなく、覚醒中枢を後押ししていたオレキシンの働きも抑えられ、睡眠が安定します11)

図3 オレキシンは主要な覚醒因子です

Sakurai T, et al. Nat Rev Neurosci. 2007; 8(3), 171-181 を元に神林先生作成

医薬品開発への期待

オレキシンは覚醒の実行部隊の中心的な存在です。この大もとのオレキシン神経の働きをシャットダウンすれば、他の実行部隊(神経系)の勢いも弱まり、覚醒から睡眠への自然な移行を促進することができると考えられます。

逆に、大もとであるオレキシン神経を活性化することで、より安定的に覚醒状態を維持できると考えられます。

前者の視点に立った不眠症治療薬はすでに臨床の現場で使用されていますが、後者の視点に立った医薬品は今のところ実用化されていません。基礎的な研究によってオレキシンの残された謎が解明されるのと並行して、オレキシンの特性を生かした医薬品が開発されることを期待します。

取材:
2023年9月オンライン取材(場所 筑波大学)
  1. 1)Sakurai T, et al. Cell. 1998; 92(4), 573-585
  2. 2)Chemelli R M, et al. Cell. 1999; 98(4), 437-451
  3. 3)Lin L, et al. Cell. 1999; 98(3), 365-376
  4. 4)Yamanaka A, et al. Neuron. 2003; 38(5), 701-713
  5. 5)内山 真 編集, 睡眠障害の対応と治療ガイドライン第3版, じほう, P.194, 2019
  6. 6)Nishino S, et al. Ann Neurol. 2001; 50(3), 381-388
  7. 7)Peyron C, et al. Nat Med. 2000; 6(9),991-997
  8. 8)Ono T, et al. Psychiatry Clin Neurosci. 2018; 72(11), 849-850
  9. 9)Clifford B, et al. Nature. 2005; 437(7063), 1257-1263
  10. 10)吉田 祥 ら. 臨床精神医学, 44(7), 985-992, 2015
  11. 11)Sakurai T, et al. Nat Rev Neurosci. 2007; 8(3), 171-181

2)3)7)9)は海外データです。