コロナ禍でみられた
睡眠と感染症の
相互関係について
専門家が解説

イントロダクションーコロナ社会での研究からみえてきたこと

「睡眠不足の人は感染症にかかりやすい(海外データ)1)」「ワクチン接種前後の睡眠時間が短いとワクチンの効果が出づらい(海外データ)2~4)」。このような研究報告があることをご存知でしょうか? 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が登場する以前から、風邪などの感染症と睡眠との関係を調べてきた研究は、コロナ禍の終わりがなかなか見えない今、貴重な教訓(十分な睡眠が感染予防に重要)を与えてくれます。

一方で、2020年初頭にコロナのパンデミック(世界的流行)が始まって以降、この新しい感染症が睡眠に根深い悪影響を与えることがわかってきました。世界の研究者が、コロナから回復したあとも長く続く後遺症のひとつとして、多くの人が睡眠に問題を抱えていることを伝えています。

ではここから、新型コロナウイルスと睡眠の関係について、①感染症が睡眠に及ぼす影響②睡眠が感染症に及ぼす影響③睡眠がワクチン効果に及ぼす影響の順に整理していきます。

「コロナ」と「睡眠」は相互に影響し合う(イメージ図)

駒田 陽子. 睡眠と環境(Sleep and Environments), 16(2), P.26-31, 2022 を元に駒田先生作成

①感染症が睡眠に及ぼす影響(コロナ後遺症)

コロナ後遺症に関しては、2020年7月頃より欧米から発生頻度の報告が出されています。たとえば、コロナ入院患者478人を対象に、退院4カ月後の症状を電話で聞き取ったフランスの研究では、不眠症状(53.8%)、認知機能障害(38.4%)、また、うつ病や不安などの精神症状も2~3割に認められました5)

さらに、多くの論文をくまなく集めて解析した研究報告(海外データ)によると、対象となった4万7910人のコロナ患者の80%に、ひとつ以上の長期にわたる症状があると推定されました。多い症状は疲労倦怠感(58%)、頭痛(44%)で、睡眠に関連した症状では睡眠障害(11%)、睡眠時無呼吸(8%)が挙げられました6)

前述の研究報告結果のグラフ:コロナ患者4万7910人にみられた後遺症の発現割合(推定値)

Lopez-Leon S, et al. Sci Rep. 2021; 11(1): 16144 を元に駒田先生作成

2023年7月に発表された研究報告では、コロナを発症した人の10%に持続的な後遺症があり、その数は世界で4億人に達するとされています7)。息切れや倦怠感など多岐にわたる症状には不眠症も含まれており、やはりコロナから回復したあとも睡眠には注意が必要なようです。

②睡眠が感染症に及ぼす影響

睡眠が足りないと風邪をひきやすいことを示した有名な実験があります。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のプレイザー(Prather)博士は、健康な人164人の1週間の睡眠状態を調べたうえで、風邪のウイルスを鼻から注入しました1)。その後5日間ホテルに隔離し、粘液サンプルを採取して風邪の症状をモニターしたところ、睡眠不足の人が風邪をひく確率(オッズ比)は十分に休息をとった人より約4倍高かったことがわかりました。

睡眠不足の人は風邪にかかりやすい。年齢やストレスレベル、人種、喫煙などが関連なかった。十分な睡眠を確保することが風邪の予防に何より需要だということを裏付ける結果。平均睡眠時間が6時間未満だった人は7時間超の睡眠の人に比べて、風邪にかかる確率が4.2倍(95% 信頼区間:1.08 - 16.71)、睡眠時間が5時間未満の人は、4.5倍(95% 信頼区間:1.08 - 18.69)だった。

Prather AA, et al. Sleep. 2015; 38(9), P.1353-1359 を元に駒田先生作成

コロナへの睡眠の影響を調べた研究もあります。イギリス・バイオバンクデータを用いた大規模研究では、コロナ陽性と判定された8422人のうち、睡眠に問題がある人はない人と比較して、死亡リスクは1.93倍、入院リスクは1.56倍高かったという結果が出ました8)。普段から自分の睡眠習慣に気をつけることが、コロナになっても重症化しないためのひとつのカギといえそうです。

ではなぜ、睡眠が不足すると感染しやすくなったり、感染後に重症化しやすくなったりするのでしょう。私たちの体には免疫システムという名の防御メカニズムが組み込まれていて、ウイルスや細菌から体を守る働きをしています。睡眠は、免疫系を支える重要な役割を担っており、睡眠不足になるとさまざまな形で免疫機能が低下してしまうのです9)

逆にいうと、十分な時間、質の高い睡眠をとることで、免疫機能がしっかりと働き、感染リスクや重症化リスクを下げる可能性があります。さらに、これから紹介するようにワクチンに対する反応もよくなると考えられています。

③睡眠がワクチンの効果に及ぼす影響

インフルエンザワクチンやB型肝炎ワクチンの接種前後の睡眠時間が短いと、ワクチンの効果が出づらいことが指摘されています。

シカゴ大学の研究チームは、通常の睡眠時間をとらせたグループ(7.5~8.5時間睡眠)と、睡眠を制限したグループ(6日間4時間睡眠)に分けて、インフルエンザワクチンへの反応を調べました2)。すると、睡眠を制限したグループでは、通常の睡眠時間をとらせたグループに比べて、ワクチンに反応してつくられる抗体が少なく、免疫ができにくかったことがわかりました。

前述のプレイザー博士も、インフルエンザワクチン接種前夜の睡眠時間が短いと、接種1カ月後および4カ月後の抗体産生が少ない、つまりワクチンの効果が弱くなっていたと報告しています3)

B型肝炎ワクチンでも同様の結果が出ています。接種前後1週間の平均睡眠時間が6時間未満の場合、睡眠を7時間以上とっていた人と比べて抗体ができにくかったことが確認されました4)
この研究について少し補足しますと、睡眠時間とは異なり、睡眠効率(寝床に入っている時間に対する睡眠時間の割合)や自覚的な睡眠の質については、ワクチン効果との間に明らかな関係は認められなかったそうです。
これらの研究結果を踏まえ、私がみなさんに伝えたいメッセージを示します。

ワクチン接種を受ける人へのメッセージ

  • 睡眠時間が短いとせっかくのワクチン接種が無駄になってしまう可能性がありますよ。
  • 「夜中に目が覚めてしまい、よい睡眠がとれなかった」といったことはあまり気にせず、睡眠時間の確保に努めることが大切です。
  • 具体的には、少なくともワクチン接種の前々日・前日・当日の3日間は、7時間以上の睡眠をとるようにしましょう。

ちなみに、コロナワクチンの効果と睡眠との関係については、現在、日本の国立精神・神経医療研究センターで研究が進められているところです。コロナワクチン接種前後に十分な睡眠がとれていれば抗体ができやすい(逆に睡眠がどの程度不足した場合に効果が低下する)といったことが明らかになれば、睡眠科学の立場から、感染流行の早期終息に貢献することができるでしょう。

終わりにーポストコロナ社会で大切なこと

感染症と睡眠が相互に影響し合っていること、感染症が問題となる時期には特に睡眠が重要であることを説明しました。最後にポストコロナ社会についても触れておきましょう。

コロナ感染拡大防止のために行われた社会規制・行動制限は、くしくも大規模な社会実験の場となりました。以前は当たり前だった長い通勤時間や定時出社がなくなったことで、平日の睡眠時間が増加したと報告されています10)。行動制限中は、社会的な時間のプレッシャーが弱まり、自分の生体リズムに合った時間帯で生活することが可能になりました。この経験を機会に、コロナ以前の自分の生活習慣・睡眠習慣に無理はなかったか振り返ってみるのは大切なことです。

そして社会全体として、コロナが首尾よく収束したあとも、テレワークやオンライン会議(授業)などを上手に活用することで、十分な睡眠時間を確保しやすい環境を整えていくことが必要だと考えています。

取材:
2023年8月オンライン取材(場所 東京工業大学)
  1. 1)Prather AA, et al. Sleep. 2015; 38(9), P.1353-1359
  2. 2)Spiegel K, et al. JAMA. 2002; 288(12), P.1471-1472
  3. 3)Prather AA, et al. Int J Behav Med. 2021; 28(1), P.151-158
  4. 4)Prather AA, et al. Sleep. 2012; 35(8), P.1063-1069
  5. 5)Writing Committee for the COMEBAC Study Group, et al. JAMA. 2021; 325, P.1525-1534
  6. 6)Lopez-Leon S, et al. Sci Rep. 2021; 11(1): 16144
  7. 7)Altmann, et al. Nat Rev Immunol. 2023; 23(10), P.618-634
  8. 8)Li P, et al. Sleep. 2021; 44(8), zsab138
  9. 9)駒田 陽子. 睡眠と環境, 16(2), P.26-31, 2022
  10. 10)Korman M, et al. Sci Rep. 2020; 10(1): 22225