「その不眠、うつ病かも」
相互関係について専門家が解説

うつ病では高頻度に不眠が合併します。一方、不眠がうつ病に先行して現れる場合もあります。
このようなうつ病と不眠の関係について、専門家が解説します。

うつ病でみられる不眠

日本では一般成人の約5人に1人が睡眠に何らかの問題を抱えているといわれています1)。一方、うつ病の患者さんでは、84.7%に不眠の症状が認められたとの報告があります2)。不眠はうつ病と診断するための一症状として、診断基準に取り上げられていることからも3)、うつ病では不眠が高頻度に出現する症状であることがわかります。うつ病の方の睡眠の詳細を調べるために終夜睡眠ポリグラフ検査を実施すると、総睡眠時間の減少、睡眠効率(床に就いている時間に対する眠っている時間の割合)の低下、睡眠潜時(寝付くまでの時間)の延長、徐波睡眠(深い睡眠)の減少などが認められます4)。不眠の症状には、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒などがありますが、なかでも入眠障害はうつ病との関連が強いと考えられています5)

私たち精神科医は不眠症状のある患者さんを診る場合、不眠の背後にうつ病が隠れていないかを念頭に置いて診療しています。

うつ病の経過と不眠

不眠はうつ病に高頻度に併存する一つの症状というだけでなく、うつ病そのものの経過に影響を与えることが知られています。不眠の症状が改善しないうつ病患者さんは、抑うつ症状が長引くこと6)7)、また、不眠の併存はQOLの低下8)と関連することが指摘されています。60歳以上のうつ病患者さんを対象にした抗うつ薬の治療反応を予測する因子に関する研究では、睡眠の質の悪さが治療への反応の乏しさと関連することが示されています9)。さらに、うつ病が寛解状態(概ね改善した状態)になっても不眠症状が残っている人は、うつ病の再発のリスクが高くなると言われています10)

不眠はうつ病の経過や予後に密接に関係することからも、うつ病に不眠症が併存する場合は、うつ病の治療と同時に不眠症の治療もしっかり行うことが重要だということがおわかりいただけると思います。

不眠症はうつ病発症のリスク?

うつ病の治療経過・予後と不眠の関係を述べてきましたが、不眠症自体がうつ病を発症するリスクになるということも指摘されています。不眠症の人がどれくらいうつ病になるかという世界中で行われた前向き研究によると、不眠症のある人はない人に比べ、その後のうつ病を発症するリスクが約2倍になると報告されています11)

さらに、65歳以上の高齢者を対象とした研究では、不眠症の症状のうち、入眠困難がある人はその後うつ病を発症しやすいことがわかりました12)

不眠の症状があるときは何科に行けばいいの?

「不眠の症状で困ったとき、何科を受診すればいいのでしょうか」と、聞かれることがあります。ほとんどの睡眠障害は、精神科や心療内科で対応可能ですが、かかりつけの内科を受診する方も少なくないと思います。内科の医師にも不眠の治療に精通されている方は多くいらっしゃいますが、私たち精神科医が不眠の患者さんの診療時に気をつけていることは、不眠の訴えの背景にうつ病などの精神疾患が存在していないか、ということです。不眠の背後にあるうつ病を見逃してしまい、不眠症の治療だけ行っても、うつ病が良くならないケースが多々あります。不眠の症状だけでなく、気分の落ち込みもあるような場合は、早めに精神科や心療内科の専門医を受診することをお勧めします。

うつ病における不眠症の治療―睡眠衛生指導

不眠症の薬物治療を開始する前にまず行うのは睡眠衛生指導です。睡眠衛生指導では、睡眠にとって不適切な生活習慣や行動を見直します。うつ病に併存する不眠症の睡眠衛生指導では、うつ病症状にも留意した指導を行います。うつ病では、疲れやすかったり、体がだるいために日中に長時間横になっている場合があります。しかし、日中に長い昼寝をとってしてしまうと、夜間の睡眠の質は落ちてしまいます。また、気分がすぐれないときに自己治療的にお酒を飲む人がいます。お酒を飲むと寝付きはよくなりますが、全体的に睡眠が浅くなり、質が低下します。また、朝、寝床からなかなか出られないことから、光への曝露の機会が減少します。朝に強い光を浴びることは、体内時計を規則正しくするために重要です。うつ病の方の場合、このような睡眠衛生上の問題を改善したくてもできないこともあります。そのような方には、「寝室はできるだけ日当たりのいいところにしてください」といったアドバイスをすることもあります。

うつ病における不眠症の治療―薬物療法

一般的な不眠症では、「日中は体を動かしましょう」「朝は日光を浴びましょう」などの指導をしますが、うつ病を伴う場合、やりたくてもできないという問題がありますので、睡眠衛生指導だけで不眠症を改善するのは難しいことが多いように思います。そのため、多くの場合、不眠症に対する薬物療法が行われます。

うつ病治療で古くから使われている抗うつ薬のなかには、眠気が出てくるものがあります。そのため、不眠の症状の改善を期待してそのような抗うつ薬を処方することもあります。しかし、長い目で見るとうつ症状が改善しても昼間の眠気が残ってしまうこともありますので、最近では、鎮静作用がより少ない新しい抗うつ薬での治療が主流になってきています。このような抗うつ薬は日中の眠気が生じにくいというメリットがありますが、うつ症状が目立つ急性期では、それらの薬だけでは不眠症が改善しないことがあります。そのため、このような薬剤をメインに治療する場合には、睡眠薬を併用するなどして、うつ病と不眠症の治療を同時に進めていくことが有効と考えられています13)

うつ病が寛解しても、不眠が残るケースもみられます。そして不眠が残っている場合、うつ病の再発のリスクが高くなることがわかっていますので10)、うつ病、不眠症ともにしっかりと治療することが重要であると言えます。

まとめ

日常生活で眠れない場合、背後にうつ病が隠れている可能性があります。うつ病に不眠症が伴っているときは、積極的に不眠症も治療していくことがうつ病の改善につながる可能性があります。精神科や心療内科へいくことは抵抗があるかもしれませんが、ただ眠れないだけでなく気分が落ち込むという場合は、躊躇せずに受診することをお勧めします。

取材:
2023年12月オンライン取材(場所 日本大学医学部附属板橋病院)
  1. 1)厚生労働省 平成30年国民健康・栄養調査報告, 2018
    https://www.mhlw.go.jp/content/000681199.pdf (最終閲覧日:2024年1月26日)
  2. 2)Sunderajan P, et al. CNS spectrums 2010; 15: 394-404
  3. 3)American Psyvhiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th ed. Arlington, VA, 2013
  4. 4)Pillai V, et al. Biol Psychiatry. 2011; 70, 912-919
  5. 5)Kaneita Y, et al. J Clin Psychiatry. 2006; 57, 196-203
  6. 6)Casper, et al. J Affect Disord. 1994; 31(3), 151
  7. 7)Pigeon, et al. Sleep. 2008; 31(4), 481
  8. 8)McClintock SM, et al. J Clin Psychopharmacol. 2011; 31, 180-186
  9. 9)Dew MA, et al. Arch Gen Psy chiatry. 1997; 54(11), 1016-1024
  10. 10)Cho, et al. Am J Psychiatry. 2008; 165(12), 1543-1550
  11. 11)Li L, et al. BMC Psychiatry. 2016 16, 375
  12. 12)Yokoyama E, et al. Sleep. 2010; 33(12), 1693-1702
  13. 13)Fava, et al. Biol Psychiatry. 2006 Jun 1; 59(11), 1052-1060

2)~11)、13)は海外データです。