「睡眠時間を削っている人へ」
睡眠不足による弊害を専門家が解説

「仕事や勉強が忙しくて寝る間も惜しい」「SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)や
ゲームなど楽しいことがいっぱいあって、眠ってなんかいられない」。
そのように感じている方も少なくないでしょう。
でも、睡眠を十分とらないと、仕事や勉強で自分の本来の力が発揮できませんし、
将来に体調を崩し、楽しいことを存分に楽しめなくなる可能性があります。
睡眠にあてる時間がもったいないという考え方もありますが、
睡眠の大切さ(睡眠不足の弊害)を熟知する専門家が解説します。

日本人が睡眠にあてる長さの現状

NHK放送文化研究所は、1960年から5年ごとに「国民生活時間調査」を行っています。この調査によると、10歳以上の日本人の平日の昼寝も含めて睡眠にあてている長さ(正確には床上時間といいます、実際の睡眠はもう少し短いことになります)は、1960年には8時間13分でしたが、調査を行うたびに減少し、2010年には7時間14分と過去最低になりました1)

2015年には、長く続いた睡眠時間減少の流れが止まり、2020年も前回と変化はありませんでした。ただし、男女別・年代別にみると、男性30代と女性40代は睡眠時間が増加した一方で、男性70歳以上と女性60代以上では減少していました1)

睡眠時間の時系列変化 (国民全体 全員平均時間 平日)の図表

調査概要:日本国内の10歳以上7,200人を対象に郵送による自記式アンケート調査を2020年に実施。
NHK放送文化研究所 国民生活時間調査(2020年調査)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20210521_1.pdf (最終閲覧日:2024年4月15日)
NHK放送文化研究所 国民生活時間調査(2020年調査)を元に田ヶ谷先生作成

睡眠時間が少ないのはなぜ?

近年こそ横ばいですが、睡眠時間が何十年にもわたり減少し続けたのはなぜでしょう。夜間のレジャー活動や深夜勤務の増加など、さまざまな理由が考えられますが、端的にいえば「生活のなかで一番削りやすいのが睡眠」ということだと思います。仕事・学業、通勤・通学時間を削るのは難しいし、遊びやリラックスの時間は確保したい、何もしていない睡眠を削ろう、という感覚の人が多いのでしょう。

睡眠不足による弊害とは?

睡眠不足が蓄積すると、朝起きられなくなったり、昼間に居眠りしてしまったりします。仕事や勉強の効率も低下します。

効率が落ちるのは眠気のせいと考えるかもしれません。しかし、問題は眠気だけとは限りません。たとえばこのような研究報告があります。1日の睡眠のために入床してよい長さを4時間または6時間に制限した場合、数日たつと睡眠不足はたまり続けているのに、主観的な眠気は頭打ちとなります。しかし、パフォーマンスを測定すると明らかに悪化していました2)

つまり、眠気を自覚しているかどうかは別にして、睡眠不足は知らぬ間に私たちのパフォーマンスに影響を与えているのです。眠気を感じるようになったら、気を付ける必要があると考えます。

一流のアスリートのなかには、非常に長い睡眠時間をルーチンにしている人たちがいます。極めて瞬間的な判断、これに基づいた精密な身体の動きなどが求められるトップアスリートの世界では、眠気などもってのほか、睡眠不足の影響が微塵もない状態を保たなければ、おそらく彼・彼女らが目標とする120%の能力発揮は望めないということなのでしょう。

睡眠不足の影響はパフォーマンスの低下のみにとどまりません。短い睡眠時間が続くと、糖尿病3)や高血圧4)、循環器疾患5)などの病気の発症リスクが高くなることが疫学調査で明らかになっています。今が楽しいからと夜更かしを続けていると、将来に影響する可能性があります。

寝だめはできる?

「休日に寝だめをする」という人がいます。寝だめという言葉には、「翌週平日の睡眠時間の不足を見込み、あらかじめ長く寝ておく」というニュアンスがあります。しかし睡眠(時間)は事前にためておくことはできません。土日にたっぷり寝ることは、寝だめではなく、たまった睡眠不足を取り返しているのです。ほとんどの人は、土日の睡眠だけでは睡眠不足が解消できず、翌週に睡眠不足を持ち越し、蓄積してしまっているのです。

寝落ちは良い眠り方?

若い人たちと話していると、「寝落ちするのが良い睡眠」「寝落ちするまで起きていなきゃいけない」「スマホを使いながら、いつのまにか寝てしまうのが理想」といった声をよく耳にします。それは誤解です。寝落ちは最悪の眠り方です。しだいに強まる眠気に対し、脳が眠らないように必死に対抗し、ついには耐え切れずに寝てしまう、そうした非常に無理のある状態なのです。

夜の10時ごろになると、体はだんだんと眠る準備を始めます6)。そうした時間帯にスマートフォンでSNSやオンラインゲームを楽しんだり、ベッドでおもしろいミステリー小説を読んだりしていると、精神的に興奮してしまい、身体は眠る準備をしているのに眠気を感じることができません。結果として寝付きが悪くなり、睡眠不足になります。

逆に、夜の10時ごろからは興奮を避け、穏やかに過ごしていると、早めに眠気を感じることができ、長い睡眠時間を確保できます。スムーズに寝付くためには、日中の嫌な出来事を思い出したり、明日のことをあれこれ考えたりせずに、なるべくぼんやりしていることをお勧めします。

自称“ショートスリーパー”の真実

昔から世界中の若者たちの間には、「睡眠をとることはかっこう悪い」「睡眠時間が短い方がスマート」と思う風潮があり、懸命に睡眠時間を削ってきました。総務省統計局が実施した2021年の「社会生活基本調査」7)では、10代後半に睡眠時間ががくんと減り、20代になると再び増える傾向がはっきり示されています。これは非常に不自然な現象で、生物学的にはあり得ません。社会的な影響と考えられます。

年代別の平日に睡眠にあてた時間(平均値)の図表

調査概要:日本国内の世帯から無作為に抽出された10歳以上の約19万人を対象に調査票を用いて2021年に実施した。
総務省統計局 社会生活基本調査(2021年調査)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200533&tstat=000001158160&cycle=0&year=20210&month=0&tclass1=000001158164&tclass2=000001158180&tclass3=000001158181&tclass4val=0 (最終閲覧日:2024年4月15日)
総務省統計局 社会生活基本調査(2021年調査)を元に田ヶ谷先生作成

昔も今も、10代後半の人たちは受験勉強や遊びで夜更かしをしがちという構図は変わらないでしょう。遊びの内容は、かつての深夜ラジオなどから、今はSNSやオンラインゲーム、動画視聴などに入れ代わったということだと思います。

睡眠をとらないことへの憧れのあらわれとして、今、書店には“4時間睡眠でも大丈夫などと謳った短時間睡眠のマニュアル本があふれています。若い人たちの間では睡眠は6時間程度が正常と思っている人も多いようですが、実際には、小学校高学年では9時間以上、このあと少しずつ減っていきますが、20歳代でも7時間30分程度の睡眠が必要です8)。多少の個人差はありますが、自分に適した睡眠時間は遺伝的に決まっており、いくらトレーニングをしても変えることはできません。本の内容を真に受けて睡眠時間を削ると睡眠不足になってしまいます。

「短時間睡眠者(ショートスリーパー)」と呼ばれる人たちがいます。習慣的に1日あたり6時間未満の睡眠(昼寝を含む)しかとらないのに、日中に精神機能への影響や眠気が出現しない人のことです。短時間睡眠者における睡眠時間の短縮は、本人の努力や社会的要請によるものではありません。また、平日と週末の睡眠時間の差もみられません。多くは小児期や若年期から習慣的睡眠時間が短く、生涯持続します9)

疫学調査によると女性の4.3%、男性の3.6%は習慣的睡眠時間が5時間以下です9)。ただし、このなかには無理に睡眠時間を短縮している人が含まれます。むしろそうした睡眠不足症候群の人のほうが多く、本当の短時間睡眠者は遥かに少ないのではないでしょうか。

睡眠不足による強い眠気を病気の症状と考えて睡眠障害専門外来を受診される方に、「昼間に眠気があり、休みの日は放っておくといくらでも寝ていられるというのは、どうみても単なる睡眠不足ですよ」と説明すると、ようやく眠気の原因が睡眠不足であることに気づくというのがよくあるパターンです。

まとめ

仕事や勉強、スポーツや音楽など、どのような分野であれ自分の能力を十分に発揮したいと思うなら、睡眠をおろそかにしないことです。同様に、健康的で充実した人生を楽しみたいのであれば、睡眠時間を削るべきではありません。寝る間を惜しんで仕事やトレーニングをしたり、楽しい時間を無理に引き延ばそうとしても、結局は逆効果になってしまいます。

では、どのぐらい眠ればいいのでしょうか。必要な睡眠時間には個人差があります。たとえ8時間眠っても、朝すっきり起きられなかったり、午後に眠くなったりするのなら、その人に必要な睡眠時間には足りていないわけです。

休日の睡眠もよい目安になります。週末用事がない日に眠れるだけ眠ったときに、平日の睡眠時間とそれほど差がなければ、平日に十分な睡眠が確保できているということになります。

年を取ると、必要な睡眠時間が短くなってきます。若い頃の様には眠れなくなります。年を取ってきたら、無理に長時間眠る必要は無く、日中支障がない程度で十分です。

私からの最後のメッセージは「自分が眠れるだけ眠る」、理想の睡眠はこれに尽きます。

取材:
2023年10月オンライン取材(場所 北里大学)
  1. 1)NHK放送文化研究所 国民生活時間調査 (2020年調査)
    https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20210521_1.pdf (最終閲覧日:2024年4月15日)
  2. 2)Van Dongen HPA, et al. Sleep. 2003; 26(2), 117-126
  3. 3)Yaggi HK, et al. Diabetes Care. 2006 Mar; 29(3), 657-661
  4. 4)Gottlieb DJ, et al. Sleep. 2006 Aug; 29(8), 1019-1014
  5. 5)Ayas NT, et al. Arch Intern Med. 2003 Jan27; 163(2), 205-209
  6. 6)三島 和夫 編. 睡眠薬の適正使用ガイドライン, じほう, P.7-8, 2014
  7. 7)総務省統計局 社会生活基本調査 (2021年調査)
    https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200533&tstat=000001158160&cycle=0&year=20210&month=0&tclass1=000001158164&tclass2=000001158180&tclass3=000001158181&tclass4val=0 (最終閲覧日:2024年4月15日)
  8. 8)日本睡眠教育機構 監修. 睡眠検定ハンドブック, 全日本病院出版会, P.67, 2022
  9. 9)米国睡眠医学会 編, 日本睡眠学会診断分類委員会 訳. 睡眠障害国際分類 第3版, ライフサイエンス, P.213-214, 2018

2)~5)、9)は海外データです。